文化としての学術を護る「学術文化同友会:アルスの会」
アルス・フォーラム No.12

同友会発起人 中井浩二 :nakai@post.kek.jp [@を半角に変えて下さい]


 アルスの会を代表して、東日本大地震の犠牲者に慎んで哀悼の意を捧げ、被害に遭われた皆様のご苦労ご心痛にお見舞いを申しあげ、励ましの言葉を送らせて頂きたいと存じます。併せて、福島原発事故の被害者の重なるご心痛にお見舞いを申しあげます。


 「科学と社会」の接点:福島原発事故を機に考える(中井浩二*)

 科学研究に携わる者は、常に科学の社会貢献について意識しています。
 特に原子核研究者にとって、原子エネルギーの平和利用は原子核研究の最大の社会貢献であり、強い関心があります。同位元素の工学的利用、核医学利用など、多くの例を挙げることができます。勿論、原子力発電も重要な社会貢献であります。ただ、科学は両刃の剣とよく言われるように科学技術の危険性に注意が必要であります。この春に起った福島原子力発電所の事故は、科学の社会貢献の在り方に大きな疑問を提起する貴重な経験でありました。事故の原因解明と事後処理も大切ですが、この機会にもっと深く科学と社会の在り方について考えたいと思います。そこで、
 アルスタウンミーティングシリーズ(2)(青字をクリックして詳細をご覧下さい)を企画しています。テーマは「原子力平和利用 - 過去半世紀の総括と次世代への提言」です。原子力利用という話題は「科学と社会」の接点を考える上で半世紀の歴史を振り返ることができ、福島原発事故でその問題点の多くを目の前に見ているので、これを機会に広い視点に立って討論したいと考えました。
 
 科学の成果が、そして科学者の努力が、社会に役立ち社会に貢献するためには、それを受け入れる社会の側の政策・体制・制度が充分に成熟していなければなりません。殊に、莫大な量の放射能を蓄えている
原子炉の安全性については、設備や施設の整備に万全の注意を払う必要があることは言う迄もありませんが、福島の事故の例に見られるように、予想外の展開があっても対応できる人的な要素、社会的なシステムの確立が必要であり、なによりも優れた人材の養成が望まれます。
 福島原発の事故を地震や津波による天災だと考える人も少なくありません、特に海外の人にはそのように見えているようですが、それは全くの誤りで事故は「人災」によるものであることが明らかになっています。特に、初期対応の悪さが原因で大事故になりました。そしてさらにその後の対応も人的な要素、社会的な要素で遅くなり被害を拡大しました。
 この事故は、フランスやアメリカのように原子力発電に力を入れている国にとっては大変迷惑なことであります。日本は世界の先進国の一員であると信じられているからです。

 今回の人災事故の原因は日本社会の「後進性」にあります。例えば次のような後進的要素です。
(1)日本の科学技術には、明治の昔から海外依存の体質があります。世界に遅れて開国した日本がとった道です。電力で言えば、火力発電や水力発電は欧米に学んで導入しました。原子力発電も同じ「後進」の道をとりました。{技術の輸入}→{下請けへの丸投げ}→{失敗の隠蔽} というパターンが定着して来ました。しかし、これでは優秀な人材の養成は困難です。
(2)日本の官僚制度では極度に失敗の表面化を怖れる体質があって、情報の隠蔽が起り易く、また事業を厳しく評価する体制ができていません。例えば原子力安全保安院が経産省の中にあるのはおかしいと気づかないのでしょうか?内閣府にある原子力安全委員会がもっと強い権限を持つべきなのに、軽視されていました。先に東海村で起った「JCO事故」では、当時安全委員であった住田健二氏の指導による適切な対応で事故の拡大が抑えられました。
(3)官僚体制の壁によって、技術の蓄積・交流が妨げられています。例えば、原子力行政が科技庁から経産省に移行した結果、科技庁傘下の原研等で育った経験豊富な人材が今回の事故の初期対応に活かされないで事故を拡大してしまいました。
(4)広島・長崎の被曝経験、ビキニ環礁の福竜丸被曝、そして中国核実験による死の灰の降下と、繰り返し放射線被曝の恐ろしさを見せつけられた日本の大衆は「核」の脅威を身に沁みて記憶に刻みこんでいます。その世論の中で原子力発電政策を強引に進めた政府と電力業界は、いわゆる「安全神話」を作って危険性の指摘や批判を封じてきました。また、各種の補償金制度を作って国策を実行をしてきました。地元に経済支援をして批判をかわすというこの補償金制度には理念もなく夢もなく、特に日本の政治の「後進性」を強く反映しています。

 等々の要素が、過去半世紀の日本の原子力行政を歪ませ、その結果が今回の事故の背景にあることを見逃すことはできません。

 原発事故は未だ収拾の道筋もよく見えない状況ですが、既に、原発廃絶論や、脱原発志向の論調が社会に広がりつつあります。このままで原子力発電を継続することは危険極まりないことです。しかし原発をやめてしまうことは慎重に議論すべきでありましょう。先ず、過去半世紀の原子力開発と行政の反省が必要であると強く感じます。

 科学が産み出した原子エネルギーの利用という素晴らしい果実を社会に提供する時、それを実用化し社会大衆の手に届けるまでのシステムがこのように後進性に満ちた無能で反省力のないリーダー達によって支配されていたと思うと情けない気持ちになります。この科学と社会の間に生じた不整合の原因は、経済効果にのみ関心のある政財界、省益を護ろうとする官界、事業の目前の成果のみを求めて独善・独断に走る業界にあります
 「科学と社会」の協調を求め「科学の社会貢献」を高めるためには、この救いのない政官民のシステムをどうするのかという問いかけが福島原発事故によって出されたと思います。原子力発電だけの問題ではなく「科学の社会貢献」を考える問題であります。どうすればよいでしょうか?
 「科学」と「社会」の間の意思疎通を図ることが大切であります。科学コミュニケーションの重要な課題の一つであります。ギリシャ時代の昔、プラトンがアカデミー、アリストテレスがリセウムをはじめて社会に語りかけた、その精神が大切だと気付きました。伏見先生が 「リンクス・リセウム」を創られたお考えが理解できるように思います。伏見先生の遺志を継ぎたいと考えてはじめたアルスの会の原点であります。

 アルスの会ではこの機会を捉えて原子力行政を取り巻く環境の過去半世紀を総括し今後の在り方について考えたいと思います。その中で「科学」と「社会」の結びつきを強める働きができるようになりたいと考えます。
 
 「科学」者にも責任があります。福島の事故による放射能の拡散を追跡しようと始まった核物理研究者の集会で、若い研究者から「核物理学者は何をしていたのか?」と 問われ返答に窮しました。わが国における原子核と原子力の関係を振り返ってみましょう[伏見:時代の証言、中井:原子科学の半世紀 など]。
 
 1938年に O.ハーン達が 核分裂を発見した時、核エネルギーが人類に解放されました。原子力文明の発火点でありました。第2の「プロメテウスの火」とも呼ばれ大きな期待が寄せられました。しかし振り返ってみれば、その最初の社会貢献(?)は軍事利用でありました。科学者はナチスと闘うと言う目的を掲げて原爆を発明し、広島・長崎の悲劇を生んでしまいましました。その後も米・ソ・仏・中らの水爆・原爆実験で世界の空を汚染し日本の漁船が被曝する「ビキニ事件」が起りました。湯川・朝永・坂田・武谷・伏見・小沼ら日本の多くの研究者が原水爆反対・核実験反対に努め、被爆国代表として国際世論に訴えてこられました。また、国内では学術会議を舞台にして科学者の心の奥深くまで核の軍事利用に警鐘を鳴らしてこられました。

 1949年にわが国の学術の新しい発展を目指して日本学術会議が発足しました。学術会議では、全研究者から選ばれた会員により研究者主導の民主的体制を築き、研究推進に関する意思決定機関として勧告や提言をしていました。原子核と原子力は共に重要なテ- マで激しい議論が重ねられました。全国共同利用研の設置が提案され京大基研に次いで東大核研が設立されました。原子力の平和利用についても、最初は坂田先生の提案で口火が切られたでそうですが、一方で政財界の側からも国策としての原子力開発が求められ、この両者の協議も深まらないうちに、いわゆる中曽根予算が出されて政治問題化しました。伏見先生は核物理学者の協力がなければ原子力はうまく行かないとのお考えから茅-伏見提案などの努力を重ねられましたが、結局政府は科学技術庁を新設し科学技術会議を設けて原子力研究所を創りました。原子核研究所に俊秀が集まる中で原子力研究所が核物理研究者を集めることができるかと伏見先生は心配しておられました。結局、原研に移って実力を発揮された原子核研究者は菊池正士理事長と嵯峨根亮吉副所長は別格と思うと、現場に足をおいて活躍された能沢正雄理事しか考えられない状況で、原子核と原子力の結びつきは大変弱いものでした。どうして、もっと核物理研究者が関心を示さなかったか分析する必要があります。

 同じ頃にはじめた原子核科学の研究はその後の半世紀で大成功を収め世界の注目を集めたのに、原子力開発は失敗を重ね遂に福島の事件で世界に迷惑をかけています。どうしてそうなったのか両者の半世紀にわたる歴史を総括して欠陥を補う方策を考えるべき時が来たと思います。
 
*なかい・こうじ(kozi.nakai@gmail.com) アルスの会代表幹事   

[an error occurred while processing this directive]