文化としての学術を護る「学術文化同友会:アルスの会」
アルス・フォーラム No.9

同友会発起人 中井浩二 :nakai@post.kek.jp [@を半角に変えて下さい]



       (新しいアルスの会の行動計画)
   「科学が尊敬され技術が信頼される社会の復興」を

 嘗て、わが国には学問を尊敬する風土があった。巷で学者は尊敬され、学生は大切にされた。
 今から半世紀余の昔、1957年に私が日本原子力研究所に入所して大阪から東海村に向かった時、巷の人達は「大いに頑張って下さい」と慶んで送ってくれた。大戦後の日本が世界に遅れをとった原子力の開発を始めた頃であった。大学を出たばかりの私は原子力研究に大きな夢を抱いていた。
 それから半世紀、原子力の開発は数々の社会問題を引き起こし、事業効率の重視、当事者の隠蔽体質、マスコミによる誇張、反対運動、‥‥などで社会の信頼を失ってきた。それがため、大小の事故も招いた。今では逆風が吹き、家族が原子力発電所に勤めていることを負い目に感じる世の中になった。原子力開発をタブー視する社会となり、反原子力の思潮が支配する世の中になった。原子力開発に抱いて原研1期生となった私の夢は空しく崩れ去った。

 どうしてこうなったのであろうか? 日本の社会に強く根付いた反原子力の思潮はそれだけに留まらず、反科学の思潮をも生んでいる。科学•技術に対する不信感の蓄積は学術研究の未来に暗い影を落としている。それを拭い去ることはできないであろうか? 関係者の深い反省に基づく分析が望まれる。

 ここで原子力研究の半世紀を採りあげたのは、単に一例としてあげたのではない。私の経験に基づく個人的感想でもない。あまりにも多くの不幸な失敗•失策が重なって科学技術に対する不信感を広げたことで特異的な分野でありミッションであったと考えるからである。
 一方、原子核研究は輝かしい半世紀を過ごした。湯川•朝永のノーベル賞受賞に始まり、半世紀後の小林•益川のノーベル賞受賞まで、理論•実験研究者の努力が見事に結実した。その成功を支えたものはボトムアップ型「研究者主導」による学術研究の体制であった。
 [伏見文庫:時代の証言 (抜粋)、中井文庫:原子核科学の半世紀をご覧下さい]

 原子核研究と原子力研究は、隣り合わせの分野でありながら著しく対照的な発展の道を歩んだ。財界•産業界•政界に支えられたトップダウン型「官僚主導」の原子力開発は所期の目的を果たし世界の技術に追いついた。しかし大きな「負の財産」を残した。科学技術に対する社会の不信である。
 
 科学技術に対する不信が拭いきれない社会にあって「科学が尊敬され技術が信頼される社会」を取り戻すには何ができるか考えなければならない。そのために、われわれは、
  (1) 科学の魅力を社会に伝える努力を重ねる - - (教育)
      科学コミュニケーション
  (2) 科学と社会の関係について過去を反省する - - (大型事業の事後評価)
      原子力開発、宇宙開発、等の総括
  (3) 科学者自身が責任を持って未来への期待を考える - - (未来事業の事前評価)
      各分野の大型計画、将来計画、等の吟味
という3つの柱に取り組んで、社会に働きかけ、社会に貢献する道を探る。
 具体的には、「アルスの会」の精神を「アルス•フォーラム」「アルスの広場」で社会に訴え、「アルスタウンミーティング」「アルス遊学塾」によって行動に移すことを考える。
                           (2010.2 中井浩二)