理科大退職
大学を退職して責任や影響力のない人生を迎えると、誰にも遠慮せずにものが言えることに気づいた。 大久保彦左衛門・水戸光圀のような境地である。それなら、その気になって危機状態にある日本の学術振興について苦言を呈し、姿勢を正すご意見番の仕事をしてやろうと考えた。それにはメディアに依る道もあるが、それよりも、自由な意見発表の場が要ると考えた。
延与君、関本さん、横山さんが企画してくれた退職記念事業の中の一つとして、20年 も昔から
書き始めていたエッセイ「
モラルとモラール」を仕上げ皆さんにお配りしたところ、幸いにも好評を得て、多くの方から同感の意を示すご意見をいただいた。
伏見康治先生からもお褒めの言葉とともに「あなたも何か始めてはどうですか」という言葉を頂いた。
10年前に「リンクス・リセウム最終シンポジウム」を組織した時、その継続を先生に訴えたが、先生のお答えは「リンクス」は既に閉鎖してしまったので、改めて新しいことを考えた方がよいと言うことであった。10年前に戻りもう一度考え直すことにした。
学術会議の育成は伏見先生のライフワークの一つであった。先生は、学術行政の現状を心配して居られる。
学術会議について
日本学術会議が、わが国の科学を戦後の廃墟から半世紀後の今日の繁栄にまで導いた歴史は偉大である。とりわけ、共同利用研究体制の育成は大型研究の推進を可能にしたばかりでなく、研究者主導の研究態勢、いわゆるボトムアップの態勢を築きあげた。しかし、後半、特に21世紀に入ると次第にその輝きは褪せて力を失った。
この学術会議の前半の成功には「物理帝国主義」による要素が大きいと考える。全ての分野を含み、全ての分野の合意を固めて行動する組織には限界がある。第15期学術会議における「文化としての学術特別委員会」の苦労はその典型的な例である。
官の組織としての学術会議には限界がある。官の組織では、意思決定が名誉・金・政治‥‥に左右されやすい。また、公平が求められる組織では全体の意思の確認が必要になる。同友会のような民の組織を創り、自由に意見を表明し交換する機会を生み出せないものか?
原子核分野では、昔から原子核談話会、高エネルギー同好会、CRCなどがあり、物研連を通じて学術会議に意思を伝えることができる組織になっているが、最近は意見の集約とその実現の過程がもどかしい。特に基礎研究推進の機運を高める環境造りが必要であろう。
広い視点に立って学術文化振興をテーマに意見を交換し、提言ができる「民」の組織が欲しいと思う。
WEB(学術)会議という魅力的なアイディア
資金もないのに、全国に同志を募ってどのように組織をすればよいのかと苦慮していた時に、サイエンスライター横山広美さんがWEBの利用を示唆し、いろいろ教えてくれた。WEBを用いた情報交流、意見交換は、極めて能率的でしかも低コストな方法である。
必要なコストは、ドメインの契約費と維持費だけで、年金生活に入る私のポケットマネーでも可能な費用で運営ができそうである。
IT技術を活かすことによって、会合を持つこともなく、資料を郵送することもなく、ほとんど
時間をかけないで情報や意見の交換が可能であり、しかも大容量の情報をも扱える。
このように運営に関する技術的な困難が消滅し、むしろ積極的な面に気づいたので、新組織
創設の準備に入った。
早速、ドメインの契約を結び、ホームページを作り始めた。ドメイン名は、kozinakai.com とした。創設段階は取りあえず自分の名前を使ったが後でもっと気の利いた名前にしたいと思っている。
学術文化同好会
新組織の名前は、学術文化同友会とした。10年前のリンクス・リセウム最終シンポジウムの中心課題「文化としての学術を護る」という精神に因んでつけた名前である。ホームページの制作は、横山広美さんに教わりながら始めた。初期の段階は、やりがいも感じつつ楽しい作業なので着々と進み、ご覧のような初版ができた。