アルスの会 〜文化としての学術を護る 学術文化同友会〜
アルス論壇

同友会代表幹事 中井浩二 :nakai@post.kek.jp [@を半角に変えて下さい]


アルスタウンミーティングシリーズ2:科学と社会


    NEW!
  アルスタウンミーティング シリーズ2 [第1部]   
     記録☞「原子力開発半世紀の反省」
     (記録☞「原子力開発半世紀の反省(PDF版)」 (上の記録がプラウザによっては乱れるのでPDF版にしました))   
      ☞『原子力開発半世紀の反省』報告とNHK番組『原発事故への道程』から学ぶ
 
 
 
  アルスタウンミーティング シリーズ2 [第2部]   
     第1回☞「核変換技術の展開ー医用RI製造と核廃棄物処分」   
      ☞RCNP研究会「核変換技術の展開」から学ぶ
 
    
  ●「アルスタウンミーティング シリーズ 2011」:原子力平和利用-過去半世紀の総括と次世代への提言
      ☞「原子力発電のの安全性」
      ☞「福島原発事故から学ぶこと、先進科学技術の安全性」

    NEW!
  ●「アルスタウンミーティング の電子NET化について


 
 

アルスタウンミーティングシリーズ1:学問・芸術と社会

                     
  ●「アルスタウンミーティング シリーズ」:学問・芸術と社会
   趣旨説明 アルスの会の歩み
       ☞「学術文化の薫りを求めて」 京都•仙台の会のまとめ
     アルスタウンミーティング@京都(2009/7/22)
     アルスタウンミーティング@仙台(2009/8/22)
     アルスタウンミーティング@東京(2009/10/22)
       ☞「20世紀後半の日本の学術体制: 日本学術会議の果たした役割」 小沼通二
       ☞「近代科学の発展と研究体制-日本の科学研究の流れ-」 西村純
      ☞「21世紀学術行政の現状と在り方」 相原博昭 
      ☞「学術文化を護る体制の変遷と変容 「21世紀学術行政の現状と在り方」伏見譲       
     アルスタウンミーティング@岡山(2010/3/23)
     アルスタウンミーティング@奈良(2010/4/3/)
      「2つのアルスタウンミーティング@岡山,@奈良の印象」中井浩二  

                       


  ● アルスタウンミーティング:教育
     アルスタウンミーティング@奈良(2008/4/6-7)

      ☞「アルスタウンミーティング@奈良の印象」中井浩二
     アルスタウンミーティング@首都大学(2007/3/25)
 
  ● アルスタウンミーティング:学術文化同友会「アルスの会」の立ち上げ 
     アルスタウンミーティング@RCNP(2008/2/10)
     アルスタウンミーティング@理研(2006/6/6)
     アルスタウンミーティング@奈良女子大(2006/9/2)   




会友の寄稿による論文

-- 本文はアルス文庫に収録 -- (青字をクリックして下さい)

●福井 崇時 研究者モラルハザードへの感想

●小沼 通二 米国とインドの原子力協力推進について要望書
       世界平和アピール七人委員会:伏見、小沼(事務局長)、ほか)

●宅間 宏 2005年度ノーベル物理学賞を巡って

●板橋 隆久 巨大科学は社会的共通資本となりうるか

●山下 正廣 科学論(1)(2)大学とは?






会友による意見

同友会参加に際しての意見
同友会参加の呼びかけに応えて下さった方々のコメント集 (最新の到着分から順次並んでいます)。 コメントの中には、私信的な内容があるほかに、愚痴っぽい内容や個人攻撃の要素を含む内容など が含まれているものもありましたので、編集者の独断で部分的にカットしたり修正を加えました。 コメントを頂いた会友のお名前は出さないで、イニシャルだけにとどめました。





 
「論争がある、本当が見える」 (2007.1.1)
 都営地下鉄大江戸線の新御徒町駅の壁に大きな看板があります。
「主張を押しつける新聞はもういらない」という強烈な言葉が目に飛び込んできます。そうだ同感だと思って見ると、その下に小さい字で「論争がある、本当が見える」と書いてあります。毎日新聞の広告でした。このが心に重く響きました。私たちの「アルスの会」には「論争」が抜けていました。今年の活動は、「論争」に力点をおきたいと思います。
 自由に論争をする機会を作りたい、そう思って始めたのに、いつの間にかその「論争」が抜けてしまっています。これまでは「アルス文庫」に力を入れてきました。論争を受け入れる態勢も整えてきたつもりでしたが、意見の提起が一方的で論争になっていなかったと反省しています。今年は「論争」をひき起こす企画を考えたいと思います。
 嘗ては激しい論争の下に研究環境を整える努力を重ねてきたのに、近頃は論争の必要がなくなったのか、論争をを避けようとしているのか、これでは、研究・教育環境の「本当が見えない」ことになってしまいます。戦後半世紀の学術研究を育てた先輩研究者は論争好きでしたが、いわゆる団塊の世代から後の若手は論争が嫌いなの言葉か、或は逃げているのかと思うのは私だけでしょうか? 先達が開いた研究環境が崩壊する危機を感じます。そこで今年は、この年代のギャップを埋める努力をしたいと思います。御協力下さい。(中井)