報告:アルスタウンミーティングシリーズ2 第1部
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アルスタウンミーティング シリーズ2の 第1回 を2011年7月23日午後に東大理学部で開きました。以前に京都-仙台-東京で行ったシリーズから2年目になります。今回は、福島原発事故に触発されてこの大事件を深く考察する機会として企画しました。この事件はそれ自体が大きな問題であり被災者に与えた,そして今も尚与えている苦痛の大きさは言うまでもありませんが、「科学と社会の在り方」を深く考える素材と捉えて、その本質を深く追究することは大切であると考えます。原子力の開発という科学の重要な社会貢献の在り方を考える上では、過去半世紀に亘る歴史の中で学ぶことがあまりにも多く急いで対応しなければならない事案も多いことですが、科学の成果が社会に活用されるまでの過程を深く反省する必要があると考えこのシリーズを企画しました。
最初に「アルスタウンミーティングシリーズ2011」の企画について下記の計画案を示して中井が説明を行いました。ミーティングシリーズの討論主題を3部に分けて行います。 すなわち;
第1部では、過去半世紀に亘る原子力開発の研究とその事業化に対する反省。(いわば事後評価)
第2部では、福島原発事故の真の原因の追求。長期的対応策の評価と原子力科学と事業の未来像の構築。
第3部では、この歴史の反省を踏まえた科学の評価。科学と社会の在り方についての基本理念の構築。
主題「原子力平和利用 - 過去半世紀の総括と次世代への提言」第一部:わが国の原子力研究創始期の夢とその後 原子核研究者は何をしてきたのか? (1) 第1回 (7月23日、主会場:東京) 学術会議に於ける原子力平和利用推進の発案 ー 研究者主導の路線 (2) 第2回 (7月31日、主会場:大阪) 財界・産業界による国策としての原子力利用推進の熱意 (3) 第3回 (8月1日、主会場:奈良) 高速炉、高温ガス炉、軽水炉、舶用炉 第二部(案) 福島原発事故の顛末 放射線被害の実質と風評被害の怖さ 人材養成と適確な人材配備 原発の運命 代替エネルギーの可能性 科学者の貢献と責任 核廃棄物処理 原子力研究の今後 第三部(案) 科学は両刃の剣 再びルソーの文明批判 科学者と社会の在り方 科学者とは何か 学者・技術者・政治家・市民 |
アルスタウンミーティング
の電子NET化について
今回から、アルスタウンミーティングに TV会議の方法を部分的に導入することにしました。当面は、仙台・東京・大阪に会場を設けます。その他にEVOシステムを利用する道も作っています。
同時にEVOシステムを用いて会議の動画記録を残せるようになりました。閲覧するにはEVOに登録が必要ですが、簡単な作業で可能です。
詳細は ここをクリックして下さい。
第一部:わが国の原子力研究創始期の夢:学界 vs.政財界
第1部, 第1回 (1)「アルスタウンミーティングシリーズ2011」の企画について
[EVO動画記録:……/town_meeting-11-07-23-13072/town_meeting.evo]
(⇧会議の動画記録を見る方は青字をクリックして下さい)
アルスタウンミーティング2の 第1部、 第1回 は 2011年7月23日午後に開かれました。主会場を東京(東大理学部ICCEP会議室)に設け、副会場は大阪(阪大RCNP)と仙台(東北大)でした。
主会場では,先ず「アルスタウンミーティングシリーズ 2011」の企画について中井が構想(案)を説明しました。
次に討論を始めるに先立って、これまでのアルスの会の歩みを紹介しました。特に2年前に行ったアルスタウンミーティング1のまとめ「学術文化の薫りを求めて」にある J.J.ルソーの「学問芸術論」で論じられた批判と、それが惹き起こしかねない反科学的思潮に対して警告する V.F.ワイスコップの論は、アルスの会の基本理念・基本姿勢に強く結びついていて、福島原発事故の社会的影響を見る時、その本質的な重要性を訴えたいと考えました。
太平洋戦争に於ける敗戦の廃墟から立上がった20世紀後半の日本の科学を振り返ると、二つの流れがあり、その二つの流れは著しい対照をなしています。
二つの流れとは「原子核研究」と「原子力開発」であります。前者は、文部省の下に展開した「学術文化」の復興であり,後者は、科学技術庁が支えてきた「科学・技術文明」の開拓でありました。
1955年に設立された原子核研究所は、1949年に発足した日本学術会議の下に研究者の民主・自主の精神を掲げ、共同利用研究体制による素粒子・原子核の基礎研究の拠点となってきました。
一方、世界に広がる原子力開発の動きに対し、日本も遅れをとってはならぬという国策的見地から1956年に日本原子力研究所が設立されました。その時、学術会議には批判勢力が多く実働的でないというのでしょうか、別個に科学技術会議が発足しました。
前者は基礎科学の最先端を開き意欲的な人材を生み出して日本の文化を築こうとする努力であり後者は、日本のエネルギー政策に支えられて原子力文明を開こうとする努力でありました。それからの半世紀に亘る両者の発展を比較すると、「学術文化」と「科学技術文明」の特色が顕著に現われその長短があからさまになってきました。
湯川・朝永のノーベル賞に力づけられ国からの強い支援を得た原子核研究は、大型加速器の建設ばかりでなく共同利用研究体制の整備・資金援助などで成長し、世界のトップに立つ成果を続々と挙げました。学術会議傘下の研究者集団の激しい論争を通じた大型計画の事前評価が研究の道筋を定め、成果の評価を重ねてきました。この研究者主導の努力が小林・益川のノーベル賞に結実したと言えましょう。
一方、世界の流れに追いつこうと始めた原子力開発の努力は、わが国の産業界を育成し、今では世界のトップに並ぶ原子力技術を世界に誇れるようになりました。しかし、政財界に導かれた官僚主導の体制は、技術の丸投げ、失敗の隠蔽などで、社会問題化した事件も多く、国民の科学技術不信を招き、多くの負の遺産を築いてきました。福島の事故はその終着点のように思えます。
中井の説明に対し、昔からの論友、湯川哲之さんから厳しい批判的コメントがありました。
湯川:中井さんの話を聞いていると、始めに結論有りという印象を受けた。過去の分析をして、欠陥部分を改善することにより原発は続けたいと言う考えが窺われる。この会の趣旨は全てについて白紙から議論しようと言うことだと理解している。原発をやめるとか続けるとかいう議論を早くしたほうが良いと思う。第3部になればその議論の核心に入るのであろうと思うが,遅いと思う。 中井:ここでは、原発をやめるとか続けるとかいう議論をしたいと思って始めるのではない。むしろ、そのようなことに興味を持つ人が誤解することは避けるよう注意したい。その議論は,むしろ第2部の始めに福島原発事故の真の原因を論じる中でかなりはっきりとしてくるのではないかと思う。地震や津波による天災という見方が世界に広がっているようだが、そんなことではなく人災である。それを改めるには何が必要かを議論したい。私は日本が海外に原子炉を輸出する努力を初めて聞いた時、危ない話だと思った。失礼だが輸出先の国々の水準を疑った。しかし福島の事件は、1番危ない国は日本だということを明らかにした。ハードの問題ではなくソフトの問題だからで、日本はその点で後進国だからである。そこを乗り越えられるか否かを見極める必要があると思っている。 |
[資 料]
[討論資料]
小沼通二:わが国の原子力研究草創期の夢と期待 (I) 日本学術会議
住田健二:日本の原子力創設期のある断面から
能澤正雄:高速炉、高温ガス炉、軽水炉、舶用炉
・原子力プロジェクト研究に従事して
小沼ほか七人委員会のアピール
[関連資料]
NHK:原発事故への道程•前編-1 (2011年9月18日放送)
NHK:原発事故への道程•前編-2 (2011年9月25日放送)
朝日新聞 (2011年7月23日版)
赤旗記事:民主的学者排除リスト (2011年9月4日版)
[参考資料] アルス文庫より
<伏見文庫>
・時代の証言 (抜粋)
・伏見・中曽根対談
<菊池文庫>
・原子力発電の安全性とパブリック・アクセプタンス
<中井文庫>
・モラルとモラール(PDF)
・原子核科学の半世紀
・学術会議の果たした役割とその退潮 [総研大研究会「共同利用機関の歴史とアーカイブス2004」より]
<能澤文庫>
・原子カプロジェクト研究に従事して
・科学史のこぼれ話(8) リッコーバー