福島原発事故から学ぶこと - 先進科学技術の安全性 (中井浩二*) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー アルスの会を代表して、東日本大地震の犠牲者に慎んで哀悼の意を捧げ、被害に遭われた 皆様のご苦労ご心痛にお見舞いを申しあげ、励ましの言葉を送らせて頂きたいと存じます。 併せて、福島原発事故の被害者の重なるご心痛にお見舞いを申しあげます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 先端技術の安全性を支えるハードな部分とソフトな部分 先端技術の安全性はそのハードウエアの科学的・技術的完全性だけでは護れるものでなく、その利用・運営にかかわるソフトな部分、すなわち、政治・経済・教育、そして社会の大衆の意識などなどが重要な要素である。 原子力発電は、菊池先生が指摘して居られたように莫大な放射性物質を原子炉に蓄積する危険極まりない先進科学の事業である。わが国では原子力発電事業を推進するためにいわゆる「原子力安全神話」が政府・電力業界によって喧伝されてきた。わが国の技術水準は高く、技術的困難は克服できると信じる人も増えてきた。しかし福島原発事故は起った。そしてその原因は、ハードウェアの部分ではなく、危機対応に対するソフトな部分における日本の後進性が大きな要因であった。その後進性の背景と内容をしっかりと認識し解析することが大切である。 半世紀にわたる日本の原子力開発が歩んだ道は、このソフトな部分においてあまりにも問題が多く、数々の失策が重ねられた。その反省もなく54基もの原子力発電所が建設され運転されてきたと思うと恐しい。この機会に「学術文化同友会:アルスの会」の主導によって半世紀余りに亘る原子力開発の事後評価の企画を提案したい(後述)。 福島原発事故は、日本の原子力発電についての国際的評価に大きな影を落とす結果を招いた。そればかりでなく、世界の世論に原子力発電に対する危惧を植え付け、脱原子力の世論を勢いづけると共にひいては反科学的風潮を呼び覚ます事件であった。永年に亘って重ねて来た日本国民の責任である。政府を責めてもしかたないことである。 日本は科学技術の先進国であると信じられている。原子力発電に関しては米(104)・仏(58)・日(54)・露(32)の順で多くの原子力発電所を持っている。日本は、科学・技術の面で世界のトップレベルに肩を並べていることは間違いないであろう。しかし、(1)欧米技術の導入に頼る気持ちが抜けない原子力開発の政策、(2)経済効果のみを求め科学・技術の開発に対して余裕を許さない政治・経済界の姿勢、(3)後継者の養成を軽視した原子力開発の歴史、などなど、日本の後進性が福島原発事故の背景にあることを見落とすべきではない。 海外では、この原発事故は大地震とそれに伴う津波が原因で想定外の事件であったと思っている人が多いようである。しかしこの事故はそのような天災ではなく、地震・津波の直後の危機に向かう初期対応に失敗した人災だと認識すべきである。3基の原子炉は、いずれも制御棒が的確に注入され直ちに停止された。しかしその後、襲来した津波によって原子炉の冷却に必要な電源を喪失するという事態に陥った。この緊急事態への対応の拙劣さは目を覆いたくなる様子であった。 電源喪失の後、水素爆発によって多量の放射能が放出され近寄れなくなる迄のおよそ20時間のうちに、最も重要な電源の回復に失敗したことが事故を広げた。発電所なのだから送電用の電線がある。これを逆に用いて電力を獲得する道があるではないかという意見は住田健二先輩(元原子力安全委員)をはじめ複数の関係者から聞かされていた。東電は何故何もしなかったのであろうか?不可解に思えた。初期対応の稚拙さこそが、この大事故の原因である。水素爆発で多量の放射能が放出された後は、厳しい環境の中で悪あがきのような作業が続き、結局10日余り経って外部電源が接続された時には、事故は深刻化し、終息が見えない状況になってしまっていた。 事故の顛末については、田中俊一氏 (元原子力委員会委員長代理)の日本ジャーナリスト会議における講演、青木一三氏 (千代田化工建設元取締役)の論説など正確で鋭い視点に立った総括が複数公表されている。ここでそれを繰り返したり論評することは避けるが、一連のできごとの中で露呈した原子力発電における日本の後進性とその背景を指摘したい。 1. 危機対応能力の高い人材の不足 大量の放射能を内蔵する原子炉という危険な施設を用いる原子力発電の事業には特に有能な人材が求められる。東電は人材の確保・配置にどれだけの注意を払ったのであろうか?電力業界の支配の下で進められてきた原子力業界における人材養成の努力が質・量両面で失敗した結果である。火力・水力発電を導入した明治以来の輸入依存体質をそのまま原子力にも引継いできた政策では、外国技術依存、丸投げの下請け依存が随所に見られ、自力の技術育成ができなかった。それは効率的で経済的であったかもしれないが、人材の養成に重大な欠陥を招いた。 2. 独断独善的な電力業界の閉鎖的体質、政治家・官僚・マスコミの追随 事故の進展は、テレビや新聞の発表によってのみ伝わってきたが、情報開示を繰り返し求めるマスコミに対し、刻々状況は報告されても、その情報を発する側も、受け取るマスコミもその情報を理解し評価する能力が欠けていて見苦しい。 それを解説する「専門家」も批判力に欠け、情報を追うだけになっていた。 このとき強く疑問に感じたことは、何故経験豊富な元原研OBなどに助けを求めないのかということであった。3月17日に松浦祥次郎氏(元原子力安全委員長、元原研理事長)がお書きになった文に「‥‥ OBの後期高齢者の言うことにその人たちが耳を傾けてくれることを祈ってください」という一節があった。省庁間の壁を感じているところであった。 総理府科学技術庁に属する原研で始まった原子力事業は省庁改変の際に経済産業省の手に移り、経済的効果を重視して安全性に対する配慮が欠けると同時に原研等における貴重な経験を活かす努力が省庁の壁によって阻まれる体制ができてしまった。 原子力事業を経産省の管轄下に移したとき、事業の監視監督機関として原子力保安院が同じ省内に作られた。その保安院の活動を見ていると事業実施者である東電の報告を代弁することで精一杯であるという印象であった。本来、実施者と監視者は別個の立場で異なった視点から指導或は助言するべきである。保安院は経産省から独立し経産省の政策に対しても批判的な立場に立つべきであろうと思った。しかし、その機能は原子力委員会や原子力安全委員会が果たすべきである。保安院がある為にその機能が阻害されるなら保安院は直ちに廃止すべきである。 3. 日本の風土、社会・一般大衆の意識 広島・長崎の被曝経験、ビキニ環礁の福竜丸被曝、そして中国核実験による死の灰の降下と、繰り返し放射線被曝の恐ろしさを見せつけられた日本の大衆は「核」の脅威を身に沁みて記憶に刻みこんでいる。これを「日本人の核アレルギー」と嘲笑した欧米の人の中にも理解が深まってきた。 日本で始まった反核の動きは根強いもので、原発反対運動が起こり、体制側は必死になって原発の絶対安全論を唱えてきたが、その空しさはこの福島の事故で明らかにされた。体制に近い側でも原子力という言葉の使用に抵抗を感じたのであろう、例えば各大学の原子力工学科は名前をかえた。このような措置は、原子力工学に関わる新しい人材の育成を妨げる。また、皮肉なことに反核・原発反対運動が、原子力工学に進む若者の気持ちを抑えて原発を危険にしたとも言える。 今回の事故対応の中にも、放射能を無条件で恐れる社会の風潮が影響したと思われる。事故拡大への最大の分岐点であった水素爆発に関しその15時間前に原子力安全委員長の判断で急速な水素ガスの蓄積による爆発の危険を避けるため、菅総理・海江田大臣から水素ガスを放出する「ベント」を行うよう指示が出された。しかし、東電は躊躇したのであろうか、即座に行わず菅総理の怒りをかったと朝日新聞に記されている。そして結局爆発した。このときの東電の躊躇は何であったのか? おそらく如何に微量であっても放射能が水素と一緒に放出されるから世論の非難を怖れたのであろう。その結果爆発が起って大量の放射能汚染を起こしたと思われる。そうだとすると頑なな世論が水素爆発の原因であり世論が非難されるべきであろう。一般大衆が合理的・科学的判断を理解する社会を築く努力が求められる。人のこころを揺さぶるような教育は難しく何十年もかかる努力になろう。 さらに将来のことに関して深刻な問題は、原子力に大きな夢を抱いてその道に進む若者がいなくなったことである。今後いかにして優秀な人材を育てるのであろうか? 4. 放射線の影響に関する科学的素養の欠如 福島事故の最大の問題は原子炉に蓄えられていた大量の放射能が大気に或は海洋に放出されたことである。大衆は放射線を浴び、放射能を吸引させられている。その恐ろしさを理解する科学的素養を大衆に求めることは無理であろうが、大衆に伝える立場にある官僚・政治家および大衆の味方であるはずのマスコミの不勉強に驚かされる。情報を開示せよと言うマスコミに開示された情報を理解する能力があるとは思えない。 放射線の影響は確率的現象である。放射線障害者が生じる数[M]は、放射線障害が起る確率 [r] に放射線を被曝した人の数 [N] を掛けたものである。 つまり、[M]=[r]x[N]である。[r] の値は、放射線の種類や、影響を受ける臓器、年齢・性別等によっても変わるが ICRP(放射線障害防止に関する国際委員会)が議論を重ねて目安を与え障害防止の為の基準値を勧告している。わが国ではこれをいわゆる「暫定基準値」としている。これは非常に厳しい数値なので、その位では「健康に影響はありません」と政府が説明し、専門家(?)が心配はないといっている。個人のレベルでは全くそのとおりであろう。しかし、[M]=[r]x[N] の関係で判るように、[r] が小さく、例えば10万分の1であったとしても [N] が10万人であれば、その中に1人障害者が生じることになる。個人の被爆だけを考えれば健康に影響する確率は10万分の1であるから「健康に影響はありません」と言って本質を避けるいる。 このような簡単で判り易いことを理解しないで安心してしまう人もあれば、絶対恐ろしいと考える人も多い。困ったことである。確率現象について、身に付く教育ができていない初等中等教育の欠陥が原因であろうか、この易しい論理は小学校でも教えられることであろう。「暫定基準値」を神から与えられたもののように扱う国民に科学的思考の素養は見られない。 5. 原子核物理学と原子力工学の乖離 核エネルギーの解放、同位元素利用法の開拓は原子核物理学の社会に対する最大の貢献である。福島原発事故に際して核物理研究の若手から核物理研究者は社会に対して何ができるかと訊かれて返答に窮した。半世紀も昔、日本で原子力開発が始まり原研ができた時、核物理研究者は原研に行こうとしなかった。時を同じくして発足した東大原子核研究所に核物理研究者の俊秀が集まった。あの頃あの人達の中の何人かが原研に移っていれば良かったのにと思うことがよくある。しかし、いくつかの心ない政治家の発言などがきっかけで原子核研究と原子力開発は別れて道を歩んだ。二つの隣接する分野は、それぞれ異なった哲学を持ち異なった政治的理念を貫いた。原子力発電をやめるか建て直しを図るかを考えるには、この歴史を振り返って反省することが必要である。原子核研究はこの半世紀間に大成功を納め世界のトップにおどりでた。小柴、小林-益川のノーベル賞受賞はその象徴である。他方、原子力事業は失敗の繰り返しであった。原子力船建造、高速炉開発、東海JCO事故、そして福島原発事故など、それぞれの事件を総括し評価する作業はできていない。国の原子力事業を徹底的に総括する時である。福島事故は、原子力発電を始め日本の原子力事業を反省し今後の在り方を考える必要性を示している。 一方、若手の核物理研究者は、原発事故による放射能の放出とその社会的影響を調べるため行政の壁と闘いつつも、放射線のモニターに取り組む作業を自発的に提案し 実施に漕ぎ着けた。このような自発的努力はこの分野の持つ強さを示すもので誇らしいものである。 以上5つの項目について考えてきた。これが全てではないが、ここで論じた日本の後進性について深く考え、今後の原子力発電について問題提起をしたい。 如何なる事業或はプロジェクトにあっても、それには規模の大小を問わず必ずハードな部分とソフトな部分がある。ハードな部分とは施設や設備である。それに対しソフトな部分は運営・運用に関する人間的な部分である。事業の安全性はこの両方において保持されなければならない。福島原発の人災は後者に問題があることを実演して示した。 原子力発電と高速鉄道新幹線:2つの先進技術 近年、原子力発電を輸出しようという努力が先進各国に芽生えている。開発途上国に輸出された原子力事業はうまく行くのであろうかと危惧を感じていたが、その前に日本でこのような事故が起った。原子力事業推進について、日本はここに述べたような後進性を持っている。海外輸出などとんでもない話である。同様に日本が輸出したいと考えている事業に高速鉄道新幹線がある。原子力発電とは全く対照的に、新幹線はハード・ソフト両面から見て健全である。自力で開発し半世紀に及ぶ長い経験に支えられた日本の技術である。日本の「売り物」として恥ずかしくない。 原子力発電の今後 さて、国内の原子力発電事業はどうするのか? 大問題である。福島原発は、まだ多くの問題を抱えている。廃炉にすることを決めた原子炉の後始末は未だ目処が立っていない。広範に放出された放射能の風評被害をも含めた収拾策も見えていない。これらの解決が全てに先行して考えられるべきである。しかし、日本の電力供給の1/3を担っている原子力発電をどうするか? 当然、原発反対運動が高まり世論も原発批判の方向に向かうであろう。原子核科学の最大の成果の一つである核エネルギーの解放が活かされないことは悲劇である。核エネルギー利用のほかに重要な同位元素利用等の技術までも否定されではならない。大変なジレンマに陥っている。 問題の答は、ここまで論じてきた原子力事業のソフトな部分の後進性からの脱却である。人材養成、民間企業にまで染み付いた官僚的態勢からの脱却、国民大衆の科学への姿勢といういずれも数十年を要する内容である。それができなければ原子力発電はやめるべきであろう。その前に、原子力開発の半世紀に亘る歴史を反省し解決の道を探る努力が必要であろう。この作業は公的な機関に依存できない。かつて、先輩達は学術会議を舞台に行ってきたことであるが、今世紀に入って「改革」された学術会議に多くは期待できない。「アルスの会」の力を結集し、智慧を絞ってタウンミーティング・紙上論壇などで進めたいと考える。 *なかい・こうじ(kozi.nakai@gmail.com) アルスの会代表幹事 |